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した私は、夏に福岡で参加できるボランティアを探しており、日程の都合が良いという理由で5月の会議に初参加しました。その時、本番だけのボランティアではなく、本番のために何度も会議・研修を重ねる事業だと知り、非常に驚いたのを覚えています。2回目の会議は宿泊研修でした。この事業について無知な私は、周りのスタッフとのモチベーションの差を強く感じました。それからしばらくは、学校の過密なスケジュールと柳川から二日市までの移動に「ここまでしてボランティアに参加する意味があるのか」とも考えていました。
そんな思いも持ちながら参加していた何度目かの会議で、団長が話された「頑張ったかどうかは他人が決めることだ。自分の限界を作るな。」という言葉にハッとしました。正しくその時の私は、限界を自分で作っていましたので…。それからは「今の自分が100kmのために出来ること」を探すようにし、班付きリーダーの役目をもらってからは迷う事も忘れるほど、精一杯取り組むことが出来ました。
話したいことは沢山あるのですが、優先順位をつけると、事業報告会以降(上記2.)の話になります。
事業報告会を終え、反省会や後片付け等が終わり、第7回に区切りがつくと私は、学業に専念し国家試験へ向けて猛勉強を行いました。
その分、団長や100kmのみんなとは顔をあわせる事が少なくなりました。申し訳ない気持ちで一杯でした。
しかし、2年半の間自分と真正面から向き合い、100kmの教えに度々支えられながら学業に専念した私は、無事国家試験を終える事ができました。
と、きっかけもあったため、平成19年2月、団長へ報告のメールをしたのです。そうしましたら「おぅ、よかったなぁ。都合がつくなら、次の会議に顔を出せよ!」と場所・日時の返信が…。正直、非常に恐縮しました。ずっと連絡もしなかった私が、どんな顔をして行けばいいのだろうかと・・・・
ですが「きっと最後だろう」と、思い切って参加すると、団長はじめ、数名出席していた第7回メンバーが「なは〜!ひさしぶりやね〜」と、2年半前と変わらず声を掛けてくれたのです。みんなの心の広さに涙がこぼれる思いでした。
その後、団長とのやり取りでこの気持ちを伝えると「なはがこの期間、非を感じたり、100kmを気にしていたんだから、お前は気持ちの中で100kmに参加していたんだよ。」と。こうして団長と久しぶりに話が出来た今、私にとって100kmは一つの思い出から、沢山の学びを得た時間になったと思います。
100kmを通してこんなにも素晴らしい人たちと繋がることが出来た事を誇りに思っています。月並みな言葉ですが、心からそう思います。
縁もゆかりもない福岡に来て、たまたま参加した事業で子供達の生きる力を育てるはずが、自分自身が育てて頂いていました。本当に、言葉では言い表せない感謝をしております。
この恩を、直接100kmへお返しすることが難しいので、地元・自分の生活している地域へ返していきたいと志しております。「聡明な言語聴覚士になる」ために100kmの教えには今後も支えてもらうつもりです。
もちろん、子供達との5日間で学び、気付いたことも山のようにあります。限られた紙面での話だということをご理解ください。どうも有難うございました。